6月、井上が全く準備してなかった現実と直面する。
会えば必ず『夏の旅行だけが楽しみ。』『旅行へ早く行きたい。』と乗り気だった。信じたし安心していた。間際になってくると『費用が足りなかったらバイトする。』と言い出すが、それも信じた。私は井上の言葉を常に信じた。
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私が電子オルガンの先生になったその年の春、同じ様に仕事に就いた井上や丹羽と出会う。井上は、短大を卒業してすぐ、丹羽は家事手伝いを一年した後だった。
私は短大を出て三年間、他の仕事をしていた。
会社勤めを半年間。
そこを辞めてイベント企画会社で約一年間バイトをする。
それからオルガンを購入し、資格を取るため勉強を始めた。最低限のレベルに達するのに一年と半年かかった。
その間、写真(現像やプリントをする)工場に勤務していた。
仕事を終え帰宅してから、晩にオルガンの練習をしていた。
丹羽とは同じ高槻市内に住み、習っている先生が同じだった。
最初、数日間の研修があって、丹羽と行動を共にするようになる。
井上とも顔見知り程度だったが話すようになった。
それを経て、月一回の講師会議で顔を合わせるようになった。
夏の発表会の後、打ち上げで食事。開放感から一気に親しさが増し、3人で能登半島へ旅行する。
そして一年後の夏のレンタカー旅行計画へと発展する…。
同時期に楽器店で講師コンサートが決まった。
年が明けて春にコンサート開催。特別なイベントがスケジュールに組み込まれる事になった。
私は秋頃から出張レッスンの仕事が増え始め、週5日は埋まるようになる。
その年の後半は次々と新しい場所へ行き、次々と新しい生徒に出会い、最終的には計40人生徒を抱える状況になった。
出張レッスンの職場は生徒の自宅だ。
(たまに郊外の小さな教室の場合もある。)
生徒が住んでいるのは最寄駅から遠く不便な場所。
駅前の教室へ通うのが困難な、保護者の送り迎えが大変な所。
そこへ先生が出向いて行く。
そうやって曜日ごとに違うお宅へお邪魔して教えるのだ。
毎日別の家へ行き、会うのは生徒や保護者。
他の先生たちも同じく様々な会場で仕事をしている。
彼女たちは同業者であって同僚ではない。
会社の同僚の様に毎日顔を合わせない。
月一度のペースという頻度。
知り合って3、4か月たっていても、日常を共にしていない。
親しくなったつもりでも、相手の事をよく知っているとは言えない。
相手がどんな性格なのか、充分知るには時間がかかる…。
教習所へ電車とバスで通い始めた。
午前中、学科や実技を受けて一度帰宅して昼食をとって仕事に向かった。
生徒の住む団地にも電車とバスを乗り継いで行く。
一か所はバスで30分以上かかった。
日々、様々な交通機関を使っての移動。
常にバスの発着時間を気にしていたような気がする。
乗り遅れたら次にバスが来るのは2、30分も先になる。
外回りは緊張が続く。
やがてコンサートの打ち合わせ、練習が増えて行った。
自分のレッスンも個別に継続していた。
大変だったけど…。
それぞれ移動距離や拘束時間が極端に長い訳でも無かったし、自分が決めて就いた仕事だから何とかこなせた。
しかし教習所だけは違った。
短時間でも慣れない作業の連続で疲れた。
その冬のシーズン、井上はスキー旅行を繰り返すのだ。
私は井上がどんな性格なのか見極める事ができなかった。
「おねだり」に便乗し、「軽口」に同調し流されてしまう。
(その場の空気に合わせたい気持ちが強く。)
その結果、身の丈に合わない自動車運転免許の取得に奔走する。
仮免の時期、丹羽は不穏な態度を見せ始める。
気が変わったのだ。
井上は会えば必ず『夏の旅行だけが楽しみ。』『楽しみにしてる。』『旅行へ行く、早く行きたい。』と乗り気で話し、行く気満々だったので信じたし安心してた。
間際になってくると『費用が足りなかったらバイトする。』と言い出すが、それも信じた。
井上の言葉を常に信じた。
6月、井上が全く準備してなかった現実と直面する。
丹羽は取り付く島の無い態度でいる。
言葉が通じない。
そう感じた。
何一つ届かない。
悔しさも怒りも、理解してない、通じない。
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